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2015年4月で札幌市立大学の特任教授を退任しました。
札幌市立大学は清家清先生が創られた札幌高専が基になったものが大学に昇格したもので、 2015年3月にはドクター一名が出ました。 建築・自然環境に恵まれた素晴らしい施設で、気持ちよく3年間を過ごすことができました。




2012年4月から札幌市立大学の大学院 デザイン研究科で特任教授として研究・教育活動に携わることになりました。
札幌市立大学は清家清先生が創られた札幌高専が基になったもので、大学に昇格し、大学院ができ2012年4月から博士後期課程もスタートしました。建築・自然環境に恵まれた素晴らしい施設です。




津波を受けた災害市町村に対する 『避難経路計画』の提案です。巨大津波に対する1つの解決策だと思います。
関連図書









実際には強度のことを考えて回転斜路もコンクリートの壁で覆うべきだと思います。


『BULLETIN』に

JIA関東甲信越支部の機関誌 ”今回の災害で考えた保存のことを書きました。



今回の災害で考えた保存のこと

第1次オイルショックが日本を襲ったのは、1973年の第4次中東戦争の影響で、ガソリン代、灯油代が急騰し、トイレットペーパーでも大騒ぎをした。住宅に断熱材が本格的に使われ始めたのもこのあとからである。そして人々はエネルギーを使わない暮らしに関心を持ち始め工夫もした。1979年の第2次オイルショックのときは、第1次の経験を生かして大騒ぎに成らなかった。そして、オイルショックを乗り越えた後、化石燃料に対する長期的な状況は変わっていないにも関わらず、慎ましくなりかけていた生活が元に戻り、さらにバブル景気に繋がっていった。結局、バブルがはじけた後も景気が悪いと言いながら便利と楽と快適と豊かさを求める生活態度は改まらなかった。
この度の東北地方太平洋沖地震に付随して原発事故は起こるべくして起こった。関係者の想定を超えたと説明は、節電によらない計画停電も不便さを実感させて原発の正当性、必要性を世に認めさせようとしていると感じさせてしまう。原発がないと現在の豊かで便利な生活は保てないという。そうかも知れないが我々現代人はその様な生活に対しての反省を求められているのだと思う。原発は従業員や契約所員はもとより全国民を誑かして危険な目に遭わせてきた。20年間原発の現場で働いた平井憲夫氏の「原発がどんなものか知ってほしい」を読んでそれを怖いほど確認した。原発の必要性と危険性とを明確に示して国民に選択を求めるべきであったし、それは今でも変わらない。それにもかかわらず、東電は反省しない。
今後のことであるが、私の予想では、何とかうまく乗り越えて新たな繁栄を目指し便利で楽で快適で経済優先の生活に戻ることになるだろう。それは多くの人が望んでいることでもある。しかし、私はむしろそれを危惧している。原発がだめなら、それに合わせた生活をとはなかなかならないが、世界にとって、地球にとって、この災害から生じた事故を、暴走とも言える現代の発展の抑止に使わなければ被災されて方々に申し訳が立たないと思う。そしてまた事故が必ず繰り返される。嘗て日本には、億劫がるな、楽をするな、贅沢するなどの戒めが生きていた。それは狭い島国で生きていく知恵でもあった。今地球はそれに似ている。
保存の話をするつもり原発が先に出てきてしまったが、それほど私の脳裏を占めているので如何ともしようがない。私が保存に関心を持つのは、個々の価値ある建物に対してでもあるが、その壊される理由の多くが、自分たちを育んでくれた文化をないがしろにする現代人の身勝手な欲望の所為であることに憤りを感じるからである。そして、大きな文化の破壊をもたらす災害や事故と保存問題との関連は密接である。
往々にして都市の開発が、広い視野に立たず、政治に口の出せる有力企業の利益、税金の増収といったことで、安易にしかも巧みに進められることは原発の体質とどこか似ている。過去の価値を認めないような開発を平気で強いてきた事をもう一度問いただしてみる必要がある。津波に流された家の跡に立ちよすがとなるものが何でも良いからあってくれと探す人たちを見ていると、嘗て大塚女子アパートの保存に対し、古い建物などノスタルジーに過ぎないと言った知事がいたが、人の一番大切なものを踏みにじる言葉ではなかろうかと思えてくる。日本はオイルショックの時と同じように、地震と津波と原発の事故を乗り越えて元の生活に戻るだろう。大きな流れはほんの少しだけ反省する振りをして何事もなかったように流れるだろう。世界のそれぞれの国を動かしている人々もそれを望んでいるように思える。しかし、今回の災害による事故を急激に加速を続ける現代社会に対する警鐘だと受け止めて、それを訴えていくことが保存に根本的に関わることであり強いては世界に対する日本の役割とも言える。


『今年も4分の3が過ぎました。』

瞬く間に月日が流れていきます。 ”滅亡に向かう世界へ日本の提言” を「平成日本らしさ宣言」として著してからもうそろそろ1年です。有り難いことに大変ご好評を頂いています。まだお読みになってない方は是非ともご一読下さい。


出版:『平成日本らしさ宣言』

この度、講談社から本を出しました。(「講談社」をヒットするとリンクします。)

内容は、建築家の目を通してみた現代社会の暴走を止める古くて新しいニッポンの発想です。古くて新しい発想についてもう少し詳しく言えば、かっての日本人の美徳であった『横着しない,贅沢しない、謙虚にする、我慢する、切磋琢磨するが争わない』を現代に甦らせることで、世界が良くなり、また、それに貢献することで、日本人は自信を取り戻すことができることになるということです。
実は近代建築の保存に関わってきたことから生まれた考えで、建築に携わるものの視点からの発想を世の中にぶつけた文明論でもあります。
もう一つ、この本では大切な日本の価値観を示しています。その価値観に関連して、「かつて、日本人は正月の『本年も相変わらず』という挨拶のように、また日常の『お変わりありませんか』というやりとりのように、変わらぬことの中にお互いの幸せを感じ取っていた。それは欲望を表にされすことを慎むことを意味していた。しかし、この言葉の意味は次第に表層化し、敗戦後殆ど形骸化してしまった。しかし、この『お変わりありませんか』、『相変わらず』という言葉の根底にある発想こそ、激しく変化し続ける今日の世界がさらに加速し、暴走、破局に居たる唯一の可能性を秘めている。」・・・・・・といったことを解き明かしてます。また、痛烈な西洋文明批判論でもあります。ご興味のある方も、ない方もご一読のほど宜しくお願い致します。

丸善の日本橋本店では、「各国事情」のコーナーに、紀伊国屋新宿南口店では、「日本論」のコーナーに、紀伊国屋本店では、「社会」のコーナーに今のところそれぞれ平置きされています。
表紙と価格等の情報はこのホームページの「著書」のページに載せました。

<『平成 日本らしさ宣言』内容>
第1章 始まろうとしている暴走の恐怖
第2章 いつから科学は万能になったのか
第3章 1度あけられた近代化への扉 安土城と鉄砲
第4章 鎖国が育んだ「相変わらず」の発想
第5章 明治維新による近代化と日本らしさの喪失
第6章 戦後の経済復興がもたらしたもの
第7章 貪欲資本主義が人類の破滅を加速する
第8章 現代社会の反省と「相変わらず」の約束事
第9章 暴走を止めるために

2009年11月13日
小西敏正


御挨拶
拝啓 陽春の候皆様にはますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
さて 私ことこの3月末日をもちまして28年に亘って勤務致しました宇キ宮大学を定年退官致しました。無事定年を迎えることができましたのもひとえに皆様方の御指導、御鞭撻の賜と改めて厚く御礼申し上げます。
今後は大学での経験を活かし、設計研究の仕事に携わっていくつもりです。何とぞご一層のご支援とご厚誼のほど宜しくお願い致します。
末筆ながら皆様の御健勝とご発展をお祈り申し上げます。
2009年4月
小西敏正


御礼
5月29日、明日館において大変盛大に退官をお祝い頂きまして有り難うございました。皆様お忙しいところお時間をつくって頂きご参加頂きましたことを心より御礼申し上げます。お祝いに頂いた一眼レフのデジカメは、欲張って18mm-200mmのズームを付けて頂いたので、持ち運びは良い運動になります。また、いろいろ操作ができて使いこなすのが難しく頭の訓練にもなります。とにかく良く写ります。また写真を撮るのが一段と楽しくなってきました。自転車の方はあいにく天気が不安定で、遠出は差し控えていますが、軽く20kmや30kmは走れます。夏の暑さに気をつけて乗るようにします。本当に有り難うございました。
写真を「お知らせと報告」にアップしました。左の四角の「お知らせと報告」をクリックしてみて下さい。


思うこと
暫く前まで、日本には素晴らしい文化があった。その文化が如何に受け継がれてきたかというと、ユックリと変化することで受け継がれてきた。それも極めてユックリしたもので、家を建てその家が駄目になるとほぼ同じ家を同じ方法で建て直すというようにほとんど変化がないという状態を維持してきたのである。つまり常に新しいものが表面にあるのだが、それはずっと昔から行ってきたことと大して変わりないもので、その同じに見えるものの中に先人達の工夫がほんの少しだけ見え隠れしていた。つまり、更新の文化なのである。ところがその表面が根本的に急激に変化することを余儀なくされて仕舞うと、過去のものをそのまま残すシステムを持たないから結果として、日本の文化は壊滅的な打撃を受けることになる。そして事実そうなった。



では、進歩という概念をつくり、急速に発展してきたヨーロッパに何故、文化が残っているかというと、発展することがよいことであり、発展する以上、現在を基盤に次のステップがあると考え、自分が一段高く登ることができた過去のステップに敬意を表すことによって文化を維持してきた。つまりヨーロッパの文化は過去から現在までの積み重ね、或いは蓄積なのである。だから見るものに文化の厚みを感じさせる。



日本は、明治維新以後、進歩という概念を受け入れた。そして、欧米諸国に対して、国力、つまり、経済力、軍事力が引けを取らないものにするために科学技術を導入した。それでも暫くは生活面や精神的な面で江戸時代までの良い意味での過去を引きずっていた。それが太平洋戦争に完敗し自信を失ない自分達の過去を良いところまで全て切り捨ててしまった。そして、そうした以上、歴史の各段階に敬意を払い積み重ねをしないと、過去のものは消え目に映るものは根のない表層だけになってしまう。



我が国は、伊勢神宮のように同じ建物を20年ごとに造り替えたり、木造の住宅を何遍も同じように造り続けてきた。それが進歩を望まない日本の本来の姿だった。進歩を良しとしてきた西洋よりも、そういう日本を良いと思うし好きだ。しかしながら明治維新、敗戦を経て日本は大きく変わった。変わるざるを得なかったと言える。私の心の中にも迷いがある。本来のよさを押し通してきたならば、日本という国自体、存続していたかどうかも分からないし、また、現在見るような様々な生活を楽しむことはできなかった。しかし、その代償として、西洋文明と歩調を合わせて世界を破滅に導いているような気もして止まない。
         

小西 敏正




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